なごみごはん

偏屈なヲタクのひとりごと

PTSD

七草がゆを食べた。新しい一年の無病息災を願って食べた。あの日からもう一週間が経って今日からお仕事や学校が始まったという方も多いはず。わたしは4日から初仕事でもうスタートしている。39ショーのレポもジャニーズwebのタキツバページが消滅ギリギリに公開されたから、もう何を書いても大丈夫なわけで、そうなったらぜひわたしが感じたなごみ版39レポを書こうと思っていた。思っていたけど書けないまま今日まできてしまった。実は、わたしが最も落ちたのはFCとwebが消滅したあの瞬間からだった。自分でも想像してない瞬間だった。ページが消えるのはわかってた。わかってたのに、まさかあの瞬間に恐ろしいくらいの喪失感に襲われるとは。そう、わたしはにわかに「大切な人が遠くへ行ってしまうPTSD」がある。それはプライベートでもあるし、既出だが伝説のJr.を泣く泣く見送った経験があり、その感情が驚くほど鮮明に蘇ってきてすっかり怖くなってしまったのだ。悲しくて苦しすぎて、それならいっそ最初から無かったことにしてしまおう!と、全部捨てて担降りした時と同じ衝動にかられてしまい自分でとても怖かった。経験があるから、とか、年齢的にもさすがにもう、ねぇ、というのも何の役にも立たず、むしろ過去の感情と折り重なって苦しさが倍増した気がする。それくらいしんどかった。ほぼ三が日は廃人になってた。覚悟してスクショしていた滝沢連合のメッセージを、何度も何度も読み返していた。代わりに残してくれている特別サイト「History of Tackey & Tsubasa」を眺めていた。詳細をタップする勇気は無かったけど。

確かに、あの怒涛の雑誌ラッシュとTV露出ラッシュ、八王子リホームも念願の8Jも、金スマもカウコンも、全部本当に嬉しかったし、相当無理をして恐らくファンのために、お別れの機会を作ってくれたのは感謝しかないしわかってる。脳は理解できるのだけど感情が受け容れられない。自分の中に相反する二つの思考が混在するのは本当に苦しいし身動きがとれなくなる。三が日は確実に廃人化していた。初詣もおみくじも、何もしなかった。あ!配信期限があると知って慌ててLINEおみくじだけしたか。

滝沢さんも「すぐに受け容れなくていい」と言ってた。今はその言葉に甘えようと思っている。みんなのようにちゃんと前に進めなくて、その現実も苦しい事案だった。笑顔にもなれない。前にも進めない。まだ年末の方がよかった。カウコンだって、ちゃんと見れていたのに。

滝沢さんが急に引退を決めたこと。発表の後、ちょっと怖くなったと言ってたこと。「引退するからファンやめるとか、そんなつまんないこと言わないで」という言葉。ファン同士ちゃんと繋がっといてと言ったこと。なのに、来年まだあると思ってた滝沢歌舞伎も、KEN☆Tackeyの新曲リリースも、滝沢さんのソロコンも、タッキー&翼の活動再開も今の時点で全滅した。

唯一の救いは「History of Tackey & Tsubasa」の存在だ。滝沢さんが「今できる唯一の繋がっておく方法」として急遽作ってくれたんだと思っている。あのサイトは3月末まで閲覧できる。そこにアクセスするためにタキツバFCの会員番号とパスを入力するのだ。わたしたちは放り出された訳じゃない。今しばらくは日常生活をこなしながら、あのサイトで救われようと思っている。振り返るのもレポも今はまだ無理。感情を崩してしまうと、また全部捨ててしまいそうになるから。