なごみごはん

好き嫌いはあるけど食わず嫌いしない

ジェラシーの行方

会いたい人に会いに行く。こんなシンプルなことが難しかったりする。わたしにはちょっとしたトラウマがある。会いたい人に会うため新幹線に乗車中、あと一時間後には会えるはずの人が「さっき倒れた」と連絡が入って、そのまま会えなくなってしまった悲しみを引きずっている。時は金なり。Time is money。時間は二度と戻ってこない。チャンスがあるなら行かないと。

また、わたしは人生の半分を無駄にしてしまっている。やりたいことせず、好きなことも好きと言えず、自分ではない誰かのために、ずっと生きてきてしまった。だから気づいた今、これまでの分も取り返すレベルで自由を選択して生きている。好きなことは好きと叫んで会いたい人には会いに行く。遠征だって厭わない。次なんか待ってちゃダメだ。当たり前なんかないんだって。わかってたつもりだったけど、この一ヶ月ちょっとで、またその想いを新たにしている。タキツバだけじゃない。ヲタ活だけじゃない。明日何があっても悔いを残さないように生きよう。推しと時間は待ってくれない。

今日は滝沢歌舞伎の予習も、セカオワライブの復習もお休みして、またあの「10周年イベント@横アリ(通称いちゃこらDVD)」を愛でていた。もう観ていたとか言わない。愛でていた。これってタキツバ10年記念アルバム「TEN」の特典ですよね?特典っておまけみたいなもんですよね?コンサートでもツアーでもなくてイベントなんですよね?って観るたびに次男と確認しあう。最近毎日のようにツイで「滝沢歌舞伎2018」のレポが流れてくるので楽しませていただいている。しかしわたしにはどうしても解せないところがある。三宅パイセンとのイチャコラに大きく動揺してしまう。先日のちゅーレポの時なんてPCまでがバグってフリーズしてしまった。ええわかってますよわかってる。頭ではわかってる。それはそれで尊い光景なのだ、ということを。わたしはまず現場に行かねば。物申すなら現場に行ってから。そして滝沢歌舞伎2016を予習する中で、お丸ちゃんとのイチャコラには微笑ましく思えて何なら「お丸ちゃん可愛い♡」とか容認モードだったりする。なのになんで三宅パイセンには激しく嫉妬、動揺してしまうのだろうか。リアリティあるから?っていうかリアリティあるのか??それはあっていいものなのか???と脳内?でいっぱいになる。で苦し紛れの落としどころに「ツバーサこっそりツイレポ見てる」という妄想することを発見。

(以下完全ひとり妄想なので責任は持ちません悪しからず)

 

わたしはもうかなり以前からツバーサはTwitter民だと信じている。ということは、きっと療養中の息抜きに滝沢歌舞伎レポをチェックしてるに違いない(いやホントは療養中は無理だと頭ではわかってます。だけど妄想には必要不可欠)。んで、ほーほーそうですか、そうきますか秀ちゃんよ…と腐的な笑みを浮かべているだろう。いくらパイセンのおねだりとはいえ、ツバーサにはわらってごまかした「ほっぺちゅー」を、自らしてしまった事の重大さを思い知らしてやるとメラメラしているに違いないツバーサ。やらかしたな滝沢さん。ユニ活再開の折りには公衆の面前でツバーサにそこ突っ込まれること必須。もう添い寝レベルではないでしょうよええ。そしてその模様は特典DVDとして復活魂DVDにもれなくついてくるって流れですよねそれ当然でしょう!ここぞとばかりに容赦なく突っ込んじゃってくださいなツバーサ。そんな翼くんに翻弄されて「えー!だって今井さん!!」とか言いながらも満面のニヤニヤでイケメン雪崩れてしまう滝沢さん。ああ!ニヤケ隠れてませんよ!!ダダ漏れてますよ滝沢さん!!というところまで妄想しました。わたしはそれで満足。パイセンといちゃついても許す←何様。

 

つまんない意地張って滝沢さんから目をそらさないようにしようと思う。つまんない意地張り屋さんだからな自分。もうそれ終わりにする。勝手な妄想して落とせるなら易いもの。好きな人をただ、まっすぐ好きでいようと思う。ヲタ活に悔いを残さないために。あれ?しかし勝手な妄想は歪んでるのか?まぁいいか。大事にしたいのは「好きでいること」。もうこれ以上トラウマ増やさないためにも、今しかない今を大切にしたい。